「今日、勝とうが負けようが、私はこのことを発表する つもりでした…」

それは突然の出来事だった。木村を破り、JWP無差別級王座をJWPに取り戻した中島がその喜びの声をファンへ届けるものだと誰もが思いこんでいた。ベルト授与のセレモニーがすべて終了し、中島がファンへ向けてマイクを握る。
「JWPの真ん中を取り返したぞー! ここで叫びたかったこと、それは…私はJWPが大好きだー!
トップとして、エースとして、このベルトを巻いてきたことに私は誇りを持っているし、…本当に最高の時間でした」
この「時間でした」という過去形の表現に館内がざわつく。
「でも、私は! もっともっと、まだまだ上を見ていたい!! だから!
次の12月28日、JWPの後楽園大会は私がJWPの所属として最後の大会になります(館内「えーっ!」という声)。今日、私は、絶対凶器を使わないと言ってこのリングに上がって、それでも最後に使ってしまった…。そういったところも、まだまだ強くなる余地があるんじゃないかと思っています。JWPには感謝しかありません。これからもまだまだ上を目指してがんばっていきたいと思います」
と、突然の退団表明。まさかの発言に場内は騒然とした空気が流れる。それを打ち消したのが即座にリングへ上がった中森だ。中島からひったくるようにマイクを奪う。
「なんなんだよ、どうぞ退団していってくれよ、でもそのJWPの無差別のベルトは置いて行けよ。12月28日、私が挑戦するからな」
中島も応戦する。
「当然だよ、いつになったらここまで来てくれるのかと思ってたけど…
まだまだ思ってるけど、12月28日楽しみにしてるよ」
中島がリングを降りると残された中森に周囲の視線が集中する。
「辞めていくやつは辞めていくんだよ。でもな、中森華子がいる限り、JWPは大丈夫なんだよ!」
すると、勝もリングイン。
「勝もいる限り、JWPは大丈夫なんだよ、おい、木村響子、聞こえるかー! 聞こえてるんだったらリングに上がれ!」
リング下で頭を押さえていた激闘後の木村が必死の思いで顔を挙げる。
「それからラビット美兎上がって。私たちアルティメットぴゅあふるでやり残したことあるよね」とパートナーの美兎に振ると、「あるねえ」と呼応する。やっとの思いで木村もリングへ戻り、タッグ二冠への挑戦をアピール。木村もこれを受諾。中島が去ったあとも、それぞれが自己主張を繰り広げた。
そして控室。額から流血していた中島がそのままの状態でインタビューに答える。
「リング上で行ったことがすべてですけど、私は今までJWPのエースとして、トップとしてやってきましたけど、私はまだまだ上がある。上を目指していく。追われるよりも追っていたい。それはわがままなのかもしれないけど、それが中島安里紗なので、このJWPの無差別のベルトが、トップであり、一番上だと思えなくなった時点で私の心は決まっていました」
中島はこれまでにもJWP無差別のベルトが一番であると信じ、そして発言してきた。その思いが断ちきれてしまったことが退団の引き金となったという。額の地をぬぐうこともなく、コメントは続く。
「でも、JWPで復帰させてもらって、どのもっともっと前に(中島がデビューした)AtoZがなくなって。
それからJWPに拾ってもらって、逃げて、復帰させてもらって。こんな恩は返せない。恩返しだとずっと思っていたけど、きっとここにずっといても返せない。それくらいの恩があるので。でも、恩返しと言っても、JWPのなかにいることだけじゃなくて、いろんな形があると思うし、そこにとらわれず、私は私でとにかく強くなりたい、勝ちたいという気持ちだけを追い求めて、もう一回プロレスをやりたいというのが一番の気持ちです。今日の選択が私にとってもJWPにとっても『あのときの中島の選択は間違ってなかったんだな』っていうように、私のファンだけじゃなく、JWPのファンやJWPの選手も思う日が必ず来る。その日を私は絶対に来させると約束して、12月28日にやめていきたいと思います」
来年4月、JWPは旗揚げ25周年を迎える。団体として、そこに向かっていく時期のなかでの退団はJWPにとって痛手であるのは確かである。しかし中島の言うように、中島が退団することが一つのきっかけとなっていい方向へ向かっていく可能性はじゅうぶんある。この日、さっそく中森が、勝が、それぞれ自己主張を繰り広げた。この退団をきっかけにJWPがどう動いていくか。
来年4月まであと半年を切った。そのなかで、中島とJWPがそれぞれ新しい道へと進む。まずはその出発点となるのが、12月28日、後楽園での中島VS中森のJWP無差別級戦となる。

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