【女子プロレス歴史発見①】今は絶滅!?団体の合宿風景

女子プロレスの歴史をあらゆる角度からひも解く新企画。初の試みとなる今回は団体の合宿風景。

いまや絶滅の感すらある所属選手たちがほぼ全員参加しての強化合宿。

全女は恒例行事であったし、後発のジャパン女子プロレスでも数度にわたり繰り広げられている。その後、枝分かれしたJWPやLLPW両団体でも旗揚げ後数年間は行われており、おそらく2000年代に突入したあたりからほとんど聞かれなくなってきた。

強化合宿の目的は、普段と違う自然に囲まれた場所で集団にて行うことで、リフレッシュの作用が大きかったように思う。

当時は道場での練習か、試合で日々のスケジュールが彩られていた時代。選手にとっても気分転換にもなるし、団体としても一致団結のムードを作ることにひと役買っていた。
もちろん、パブリシティの意味合いも大きかった。

それでは当時の風景を振り返ってみよう。

90年に行われた合宿風景。当時は全日本女子とジャパン女子の2団体時代だ。

まずはジャパン女子。

 

 

当時フリー扱いであったデビル雅美、神取忍、風間ルミ、山崎五紀も参加。

続いて全日本女子。

 

全日本女子は極真の竜と呼ばれた山崎照朝氏をコーチに招いてのトレーニングが恒例で、照朝氏による“股割り”が合宿の名物でもあり、選手たちからは恐怖の存在として知られていた。

現在、東京を離れて地方の大自然に囲まれた場所で、寝泊りをともにしながら行う強化合宿を行う団体は見られない。

女子プロレスの風物詩であった合宿がいつの日か、どこかの団体で復活することを期待したい。