【無料公開】本誌とのダブル主催! 3月21日、後楽園ホールでヤングの祭典開催!!

12月29日WAVE後楽園ホールで飯田から発表されたのが3月21日、本誌との共催によるヤングの祭典開催だった。
飯田は12月15日、新宿大会にて、『ヤング・オー!オー!』の定期興行をいったん終了した。しかし「来年も何かのタイミングでやると思います…」と言葉を残した。それがこのヤングの祭典だった!!

――まず過去の振り返りから…『ヤングオー!オー!』(以下ヤング)を飯田選手が仕切るようになったきっかけはなんだったんですか?
飯田 ZABUNの中で組閣しなおすと言うのがあって、WAVEと大女、いままで会社の仕事を分担がなかったのを一人一人に振り分けるようになって、グッズとか通販っていうのをいろいろ担当があるなかで私がヤングを担当することになったという。
――興行をやるにあたってそのノウハウは、どうやって覚えていったんでしょうか?
飯田 WAVEの進行や土台はGAMIさんと桜花さんが二人でミーティングして、桜花さんが仕切っていたんで桜花さんに聞いて、自分なりにフォーマットを作っていきました。

――飯田選手からみて、ヤング開催の意義とは?
飯田 ヤングを育てると言うこと、基本的にはZABUNのなかの若手6人、夏、山下、香萌ちゃん、フェアリー、朱崇花、長浜、うちの選手と他団体の若手を育て、できなくてもがんばってる姿をお客さんに見てほしい。あとWAVEの本戦にはあまり出ないけど、WAVEのファンが知らない他団体のいい若手を探していって、WAVEの選手なり、団体同士の試合を組むと言うのがヤングの目的というか。いい選手はそこから本戦に出ると言うか。優華、雪妃、矢子とか特に。藤田あかね、盟子、Sareeeとかよくて本戦に出てくる子とかもいるし。
――本戦といい連動ができていましたよね。それでは、新人の人選で心がけていることとかはあったんでしょうか?
飯田 いえ、それ以前に正直苦労したのが選手がいないってことで、欠場する子もいれば、あとは辞めちゃう子もいるし。その理由はケガが多かったんですけど、とりあえず出てもらえる若手の子はどんどん出そうって感じで。WAVEには絶対出ないだろうなって子でも出てほしくて、GAMIさんに声かけてもらったりして、なるべくいろんな団体の子を…言い方は悪いかもしれませんけど、あまりできない子でもヤングに上がったら変わるかもしれないし、育てられるかもしれないし…という気持ちでいろんな子には出てもらってました。
――そういうなかで新たに予想してなかった選手が出てきたりというような発見もありましたよね。
飯田 私の中で、ZABUNでいったら長浜でした。最初からできなかったとか、レベルが低いと言う意味ではなくて、長浜がうちの山下や夏とか香萌ちゃんとかを抜かして、ヤングで上に行ってその後CATCH THE WAVEに出たりとかしたし、他団体だったら矢子とか藤田あかねとか。ヤング上がってる時に藤田さんとか本当に良かったし。
――そういったなかで、夏対矢子の抗争のような副産物が生まれたり。
飯田 ヤングの中でそういう闘いが見つけられたというのはよかったですね。たとえば山下と世羅とか、山下と藤田あかねとか夏と矢子もあったりとか。やっぱり山下がらみが多いですよね。あと最近では山下と彩羽匠だったり。彩羽匠ってヤングからなんですよ。もともとと桃野美桜さんが出る予定だったのが、肘の怪我ということで、代わりにマーベラスさんが彩羽匠を出してくれて。彩羽匠がWAVEに出る前に最初に出たのがヤングオーオーなんですよ。それで最初、香萌ちゃんと彩羽匠のシングルだったんですけど、そこから山下と絡むようになったりもして、今までありそうだっただけど、意外となかったというか。
――そこがヤングの面白さなんですよね。最近ではマーベラスの選手が参戦して、長与さんも見に来たりしてすごくWAVEと違う風景が新鮮でしたが、このマーベラス勢の存在が刺激になったのでは?
飯田 はい、ありがたかったです。マーベラスさん的にも新人を育てたいからいろんなところで試合させたいという考えがあるみたいで。たぶんあのふたりも同じくらいの世代の子と試合することはあまりないので、ヤングというのは良かったんじゃないのかなー。

――では飯田選手から見て、この2年間やってこれた要因とはなんだったんでしょうか。
飯田 できることならもっと続けたかったけど…。私とGAMIさんが考えてきたカードがよかったんじゃなくて、対戦カード関係なく、若手の子ががんばってくれていたというのが、結局、お客さんの心をひきつけたんじゃないかな。お客さんがヤングおもしろいよって言って、毎回見に来てくれる人が増えたので、やっているうちに。
――とはいえ、12・15新宿大会にて一度定期興行の開催にピリオドを打ちました。この定期開催をなくした理由は?
飯田 一番の理由は選手がいなくなってきたことかな。キャリア5年と言うふうに決めていたので、卒業する子も増えてきて、Sareeeちゃん、美兎、つくし、私とか下野さんとか、5年の選手が抜けてきて、しょうがないことだけど、若い子がけがで欠場とかそういうことが多かったですよね。
――12・15新宿大会の試合後の振り返りでも言ってましたが、その2年間で苦しいこともあって悩み続けたというのはどういうことでしょうか?
飯田 あとはやっぱり観客動員ですね。毎回、すごいいっぱいになることもなく、ほんとうに少しずつ増えたりはしたんですけど。
――次の舞台は後楽園ホール。大きな舞台ですが、正直不安は?
飯田 一番最後の新宿FACEも思ったよりは入ったんですけど、新宿FACEという枠にしたら厳しかったとは思うんですけど、そこのプレッシャーはあります。
――後楽園でやることで、なにか考えていることはありますか?
飯田 昔、アイスリボンさんでteensと言う興行があったんですけど、それをホールでやったんですよね。そういう前例もあるのでそのぶん、プレッシャーはちょっとやわらぎそうです。でも、動員のことはひとまず置いといて、ヤングでもできなかった、後楽園という規模なので、いままでやってたヤングよりもおおきな規模で…それこそ昔やってたジュニアオールスター戦くらいの、いろんな団体も若手をブワーーーと集めてでかくてどーんとやりたいです。ヤングでできなかったことくらいのことをやってみたいです。
――今後はどのくらいのペースで続けたいですか?
飯田 もう全然考えてないですね。3月にあるとしたら夏にまた一回、冬にもう一回、それくらいできたらいいですね。そのためにはWAVEにまた新人選手が増えたらいいですよね。
――そうですね。WAVEにもそういう新人がほしいところですね。
飯田 やっぱ長浜よりもっと下の子が出てきたら…ほかにも若い子がいっぱいいるじゃないですか。マーベラスさんのことか、アイスリボンさんでも松屋うのさんとか、テキーラ沙弥さんとか、今年や去年デビューした子と当れる新人がうちにもいたらいいなあと思います。
――では最後に改めて飯田選手から見たヤングの面白さは?
飯田 ヤングにしかないものって絶対あると思うんですよ。うまさや強さと言ったものじゃなく、別のところで…たとえば意地だったり、こいつには負けたくないという気持ちとか。ちょっとでも上に行こうとか。あとはこいつには絶対負けたくないっていう相手を見つけたりとか。それはヤングのときにしかできないことだと思うので。私のときはあまり同世代の選手がいなかったので、つくしとか、下野さんとかくらいしか。でも、私より下の世代って、同期や近い選手がいたりするんですよね。そういうところで、負けたくない気持ちでぶつかりあうところはWAVEもどこの団体でもたぶん見れないので、ヤングでしか見れないのはそういうところかなと。ぜひ若い世代の闘いを見てほしいです。