【編集人コラム番外編】今年のナナテンイチキュー、あの転落事故から20年…

まずはじめにこのコラムは番外編であり、
現在の女子プロレス界とは無縁のお話となることを
お断りしておきたい。

毎年7月19日になると「ああ、またこの日が来た…」という思いにふける。
プロレス的に言えば、“ナナテンイチキュー”と言うべきか。
98年7月19日、私は京都KBSホール内にて転落事故を起こし、
約6メートル下の収納庫へ転落。全身を強く打って
まったく動けない状態となり、約半年間の寝たきり生活を送ることになった。

幸いにも翌99年1月3日、全日本女子の後楽園ホール大会から
仕事復帰を果たし、そこから現在まで20年もの間、日常生活を送ることができたが、
この区切りの年を機に身体のメンテナンスをすることにした。

少し前、レディゴン時代からのデザイナーであるM氏が
病に倒れた。我々の仕事は、体が資本。しかしながらそれを守るのも、
自分しかいないのも確かである。これも私の中には大きな
出来事だった。

やはり長い歳月を経るとどうしても、後遺症が出てきてしまう。
それが顕著なのが首と腰で、そのケアを集中的に行うことにした。
全国的に記録的な熱中症が騒がれるなか、私は
20回目のナンテンイチキューをメンテナンスのために使う
ことにしようと思う。
そしてそれは前々身である「女の戦争」創刊から
25年を迎える本誌の今後のためでもあり…。

現在、発売中の「LADYS RING」8月号は私の
理想とする誌面つくりに近い出来となった。
決して今は有名でなくてもいい。知られていようが
いまいが関係ない。とにかく、将来性豊かな選手を
大きく割いて紹介する。

決して1ページではいけない。
大胆に3ページ、4ページ。5ページでもいい。
それだけの誌面構成ならばその団体や選手を見たことがない読者
でも名前は覚えてくれる。興味を持ってくれるきっかけになるかもしれない。

そういった選手たちであふれているのが雑誌のコンセプトでありたい。
業界を見渡せば、そんな宝の山がゴロゴロしていると思う。
レディリンはこれからも若い選手とともに、歩み続ける。
創刊から25年経ったいまもその編集方針にブレはない。

そういった思いを再認識しながら、26年目の挑戦に向かって行きたいと
考えている。

今後ともよろしくお願いします。